研究内容
【1】光ファイバセンシングによる斜面変形モニタリング
インターネット回線等に使われる光ファイバケーブルですが,温度や変形を測定するセンサーとしても利用できます。地すべり移動体に掘削されたボーリング孔内でひずみ(変形)変化を深さ10 cm毎に測定したところ,事前調査で確認されていた深さ8 m付近のすべり面を検出できました。
それに加え,表層から深さ4 m程度の層は降雨時に谷側へ変形しますが,降雨後には山側へと動くことがわかりました。
また,すべり面以深でも降雨時に微小な変形が捉えられました。このように,光ファイバセンシングは地すべりの動きを詳細に理解可能なモニタリング手法であることがわかりました。現在,土石流など他の斜面災害への適用も目指した研究に取り組んでいます。
光ファイバセンシングにより測定されたボーリング孔内のひずみ変化(カラーマップ)と降水量(棒グラフ)との関係 (Kogure and Okuda, 2018)。左端の画像はボーリング孔から採取された岩石の写真。
参考文献:
Kogure, T., Okuda, Y. 2018. Monitoring the vertical distribution of rainfall-induced strain changes in a landslide measured by distributed fiber optic sensing with Rayleigh backscattering. Geophysical Research Letters 45, 4033-4040.
【2】斜面安定性の評価
崖崩れ(落石含む),地すべり,土石流といった斜面災害につながる崩壊現象が発生するかどうかを判断するには,対象となる斜面に作用する駆動力と駆動力に対抗して形状を維持するための抵抗力との比を計算します。
駆動力に対する抵抗力の比を安全率と呼び,安全率が1以上であれば安定(形状を維持),1未満であれば不安定(崩壊発生)と判断します。安全率を計算するためには,崩壊発生メカニズムを理解する必要があります。
特に駆動力を評価する際には,対象斜面の構成物質(岩石や土壌)の物理・力学的性質を測定するための試験が必要ですが,試験方法や測定項目は調査対象に応じて変わります。
このように,様々な形態を示す崩壊現象の発生メカニズムを解明して斜面安定性を評価し,防災に活かす研究を進めています。
落石発生現場の写真 (Kogure et al., 2022)。海側と陸側とで崖表面の色や形態が異なるが,どちらの崖も同じ岩石からなる。落石は陸側の崖のみで発生する。
参考文献:
Kogure, T., Sueyoshi, R., Ohira, H., Sampei, Y., Shin, K.-C., Abe, Y. 2022. Formation processes of tafoni on pyroclastic rock surfaces with hydrothermal alteration on the Isotake coast, Shimane, Japan. Geomorphology 398, 108050.
植物の根が崖の崩壊を食い止めている事例 (Kogure, 2022)。この崖の基部は大きく侵食されており,根による補強効果を考慮せずに安全率を計算すると,1未満である。将来,地球温暖化に伴い海水面が上昇すると,崖を覆う植物が枯死して根による補強効果が失われ,崖が崩壊すると考えられる。
参考文献:
Kogure, T. 2022. Rocky coastal cliffs reinforced by vegetation roots and potential collapse risk caused by sea-level rise. Catena 217, 106457.
【3】表層崩壊の発生メカニズムの解明と予測技術の開発
降雨が浸透するのに伴い、斜面の内部では地下水の流れる方向が様々に変化します。これにより、山を崩そうとする方向へかかる力(浸透力)が変化し、崩壊の発生に大きく影響してきます。
そこで、このような地下水の流れをリアルタイムで可視化できれば、これまで困難であった崩壊発生の時刻を予測することが可能になるかもしれません。
通常、斜面崩壊の監視では、目視または水や地盤の変動を直接計測するための多くの機器を斜面に設置します。そして、それらの動態をモニタリングすることで、比較的短期間の斜面水文動態の変化を掌握し、主観的な防災・減災対策が行われます。しかし、モニタリング対象が広範な場合や費用対効果の観点では、このような手法は非効率的です。リアルタイムでの崩壊の「発生時刻の予測」に到達できていない大きな原因は、
斜面の水文環境の変化を簡易に把握できる手法が未だに開発されていないところにあります。
近年、「岩石・土層の砕」「地下水流の変動」「地盤の抵抗変化」などの地下環境の変動は、地盤破壊に伴う電磁気現象の発生原因になると指摘されており、これを地震発生の予測に利用しようという試みも開始されています。降雨時の斜面崩壊も同様に地下水流による地盤の破壊・移動現象であるため、破壊をもたらす環境変動のモニタリングに対しても、電磁気現象の把握が有効になる可能性があります。

室内降雨崩壊実験(森林総合研究所の施設を利用)
【4】流域物質循環に及ぼす腐植物質の役割と重要性

日本のとある一般的な森林の渓流水中に含まれる金属元素(Na, Mg, Ca)は、全流出量(イオンや化合物をすべて含む)の半分近くが化合物として流動していることが、当研究室の観測で新たに判明しています。これらの金属は、通常、淡水中ではフリーイオンで存在すると考えられてきたのですが、実際には、半分程度が粘土鉱物、腐植物質、有機酸などに吸着し、錯体として流動しています。その濃度はSiや腐植物質との相関が高いため、Na,
Mg, Caは実際には半分程度が粘土鉱物やフルボ酸様物質(FALM)と錯体を形成しているものと考えられます。
腐植物質であるフルボ酸は、渓流水中においては溶存態有機炭素(DOC)の60%〜80%を占めていると言われています。そのため、DOCを構成する他の物質(フミン酸、タンパク質、炭水化物、脂肪、シュウ酸、ギ酸、など)と比べても、流域での炭素循環だけではなく、イオン・重金属・放射性核種などの吸着・運搬にも重要な役割を果たしているものと思われます。
金属錯体は、周囲の環境条件が変化すると吸着した元素を放出することがあり、水中の化学物質の濃度を変化させることが知られています。このようなことからも、流域での物質循環研究においては、有機物の存在下での化学物質の動態を十分に考慮することが重要です。
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